渡辺幸男『日本機械工業の社会的分業構造』(有斐閣、1997年)

本稿では、渡辺幸男『日本機械工業の社会的分業構造:階層構造・産業集積からの下請制把握』(有斐閣、1997年)をレビューする。
本書は、日本の中小企業研究における最高傑作のひとつである。
本書の概要
著者の渡辺幸男は、1970年代半ばから機械工業の実態調査を積み重ねてきた。また、日本の中小企業研究では、工業経済論(下請制研究)についての豊富な蓄積があった。この二つが合流するところに、渡辺の主著、『日本機械工業の社会的分業構造』がある。
本書は、三通りの読み方ができる。第一は理論的研究として、第二は実態的研究として、第三は歴史的研究としてである。ただし、本研究の意義を正当に評価するには、第三の読み方(歴史的研究としての把握)が必要であると私は考えている。
理論的研究として
渡辺は、1980年代の工業経済論の議論を五つに類型化する。
- 非下請専門加工企業論
- 問題性還元論
- 支配従属・準垂直的統合論
- 独自受発注関係論
- 階層的分業構造論
そしてそのうえで、いずれの類型も1980年代の日本の工業経済の一側面を映しだしているが、それはあくまで側面にとどまっており、全体像を見失っていると指摘する。
時代背景を補足すると、1980年代というのは日本の製造業の絶頂期であり、なぜ日本の製造業は世界市場で勝っているのかが問われた。1950年代の中小企業研究では、いかに日本の製造業を国際競争に耐えられる水準にまで引き上げるかが議論されていたから、隔世の世である。そして、日本の製造業の国際競争力の源泉を何に求めるかが、立場によって異なるのである。
それぞれの類型の内容については本書を参照していただきたい。私なりに解説すると、①中小企業の高い技術力が国際競争力の源泉である、②中小企業の労働力が安く買い叩かれていることが国際競争力の源泉である、③日本独自の企業間関係が国際競争力の源泉である、という3つの主張が採用されたりされなかったりすることで、五つの類型に分岐しているものと見てよい。
渡辺は、本研究を通じて日本の機械工業の全体像を示し、そのなかで五つの類型に居場所を与えた。つまるところ、高度な弁証法をやってのけた。Aさんが「これは円だ」と主張し、Bさんが「これは三角形だ」と主張するとき、平面の次元に留まるかぎりは主張の対立は解消されない。しかし、立体の次元へと視野を広げることで、AさんとBさんは共に「円錐形」を見ていたことを知る。円も三角形も、一側面としては正しかったが全体像ではなかった。これと同じようなプロセスを、渡辺は日本の機械工業を対象にしてやってのけたのである。
これは非常に優れた理論的研究である。というのも、学問における理論の発展は、既存の理論を「部分的には肯定しつつ全体的には否定し、それを超える」ことによってもたらされるからである。理論的発展を提案する研究のお手本として、本書は読まれるべきだろう。
実態的研究として
本書は、日本の機械工業の実態的研究としても優れている。
本研究を実態的研究として見たとき、主題は「1980年代の日本の機械工業はどのような社会的分業構造の下に存立しているのか」ということになる。もちろん、提示される社会的分業構造は、日本の機械工業の国際競争力を説明するものでなければならない。
渡辺は、日本機械工業の社会的分業構造を、二つの視点から把握する。
- 専門化と規模階層の視点
- 地域間分業の視点
前者の視点から、以下の「山脈構造型社会的分業構造」の概念図が描き出される。

機械工業が、部品加工から最終完成品までの社会的分業を、どのように形成しているか、これを一目瞭然にしたのが、この概念図である。この概念図で描いたように機械工業を把握することにより、まず何よりも、「機械工業」として種々な機械を生産している産業群そして企業群を一括して呼ぶことの実体と意義が明確になる。機械工業と筆者が呼んでいる産業は、多様な機械製品について、それぞれを生産する企業群の単なる集合体の名称なのではない。〔中略〕「底辺産業」あるいは「支持基盤」としての特定加工専門化企業群と、それらを共有する製品分野の企業の集合体である。それらの利用の上に立って、それぞれ独自の市場への供給が可能となっている多様な機械生産企業を包摂する概念なのである。
p. 162-163
結果として、全体として極めて柔軟な生産システムが、山脈構造型の社会的分業構造のもとで可能となる。受注側企業にとって魅力のある有力な発注側企業は、激しい競争にさらされている数多くの受注側企業の中から、自企業にとって従属的に利用することが必要な優良な受注生産型企業を選抜し、支配・従属的な下請系列的取引関係を結ぶことが可能となる。しかも、その一方で、必要に応じて、必要なときに必要なだけ、他の受注生産型中小企業を外注利用することが可能となる。不連続的な利用をしても、その外注先企業層は層としては常に再生産され、直接その経営の安定に関与する必要がない。安定的な外注取引関係と不安定な外注関係を必要に応じて使い分け、しかも安定的外注関係にある下請系列企業に対して常に準直接的競争の強い圧力をかけることを可能とする。発注側企業は、実に柔軟に、自らの必要性に応じて、外注先企業を使い分けることができ、極めて柔軟な生産体制を敷くことが可能となる。いわば、発注側企業が勝手な利用を行っても、受注生産企業の側は、山脈構造型の分業構造を形成しているがゆえに、層として再生産可能となり、継続的な勝手な利用が可能となる。これが、日本の機械工業に、社会的分業構造を通しての柔軟性を与えている内容なのである。
p. 166-167
そして、後者の視点から、以下の「地域間分業構造」の概念図が描き出される。

これまで述べてきた日本の機械工業における地域間分業構造の特徴を整理し、全体像として描けば、次のようにいえよう。大都市圏工業集積や地方工業集積の多くは、インフラストラクチャー整備による取引関係の広域化の進展のもとで一体化し、既存の工業集積を超えた広域的な機械工業圏を形成した。〔中略〕この広域機械工業圏は、その圏内に立地する特定加工に専門化した受注生産型企業が、安定的に流れるもの以外、すなわち量的に安定し定期的に発注がされる繰返し型の仕事以外のものについても、企業間の日常的な人的接触を必要としない部分については、十分仕事のやりとりを行える範囲である。これらの仕事内容の取引は、かつては既存の工業集積の範囲内でのみ可能なものであった。
それに対して、旧来の工業集積はその機能を企業間で日常的な人的接触を必要とするような仕事という、かつてよりはその担う生産機能を特定側面に限定されながらも、工業集積として一定の機能を持ち再生産されている。〔中略〕広域機械工業圏内であれば、既存の工業集積内に立地せず分散立地する企業群も、発注側企業として広域機械工業圏内に立地する特定加工に専門化した企業群を、かなり柔軟に利用できることになる。また、特定加工に専門化した受注生産型企業の場合、安定的に流れる仕事に依存しなくとも、広域機械工業圏内の企業を受注先として存立可能となる。
p. 268-269
読み手である我々が注意すべきは、ここで示された「山脈構造型社会的分業構造」と「地域間分業構造」は、あくまでも1980年代の日本の機械工業を表したものに過ぎない、ということである。このような分業構造がどのような経緯で形成され、どのように変容していくかが、むしろ本研究の総合的な主題なのであって、その内容は次節で紹介する。
歴史的研究として
本書の核心は、歴史的研究としての側面にあると私は考えている。
問いは、日本全体をひとつの工業圏とするような国内完結型の社会的分業構造が、どのような歴史的経緯で形成され、どのように変容していかざるを得ないか、である。
第13章と第14章の議論を、ごく簡単に紹介する。
高度成長期
- 先進諸国へのキャッチアップ過程
- 大企業による積極的な技術導入
- 「二重の隔絶性」の克服
- 地域ごとに生産機能が完結している(工業集積地域完結型)
- 大都市圏工業集積
- 企業城下町型工業集積
- 孤立分散的に存在する自企業内完結型企業
- 下請系列取引関係が形成されていく
- 発注側大企業は、量的・質的両面での生産能力の確保を志向
- 「資本節約」の手段としての外注
- 発展可能性のある中小企業を育成する
- 寡占大企業間の激しい競争(生産能力獲得競争)
- 中小企業は、成長市場と技術水準向上の機会の確保を志向
- 優良大企業との安定的取引関係を求める
- 中小企業間の激しい競争が生じる(生存競争)
- 競争の均衡点として、下請系列関係が形成される
- 従属的取引関係の広範な成立
- 発注側と受注側の双方にとって最も合理的な戦略
- 発注側大企業は、量的・質的両面での生産能力の確保を志向
第一次石油危機以降
- さまざまな環境変化
- 経済成長の鈍化
- 日本製品の国際競争力の発揮
- 中小企業の技術水準の向上
- 産業インフラの整備(高速道路とファックス)
- 大都市圏での労働力不足と土地価格高騰
- エレクトロニクス化の進展
- 地方量産工場の形成
- 量産工場が大都市圏から離脱
- 労働力不足と土地価格高騰
- 大都市圏には開発機能や試作機能が残る
- 量産工場の地方への移動
- 高速道路とファックスがこれを可能にした
- 量産工場が大都市圏から離脱
- 工業集積の広域受注化
- 大都市圏工業集積と地方量産工場の結合
- 地域完結型だった工業集積が域外受注を開拓
- 下請系列取引関係の変化
- 受注側は「従属」から「選択」へ
- 受注の広域化と複数化(ピラミッドから山脈へ)
- 魅力ある発注側大企業の選択(従属が依然として有効な場合も)
- 発注側は「育成」から「選択」へ
- 特定中小企業を囲い込む必要性の弱化
- ただし大企業が自前で技術革新をする場合は「育成」が必要
- 受注側は「従属」から「選択」へ
国内完結型の社会的分業構造の到達点
- 1980年代前半までは国内完結性が高まる傾向
- 地域完結型分業構造から国内完結型分業構造へ
- 素原料だけを輸入し、中間製品以降は国内生産する
- 極めて柔軟かつ高度な生産体制による国際競争力
- 日本全体を単位とする生産体制が成立
しかし、この構造自体は安定的に再生産することを保証されたものではない。日本機械工業の急激な発展が、そして完結型のもとでの高い国際競争力水準の達成が、先進工業国との貿易摩擦を激化させ、円の為替レートの上昇をもたらすことになる。完結型で効率性を達成したがゆえに、その枠内での為替レートの上昇克服の努力は、より効率的な国内生産体制の強化以外にありえず、それを可能とする柔軟な分業体制の存在により、より一層の為替レートの向上へとつながる。
p. 294
1980年代末頃からの変化
- 大きな変化
- 先進工業国へのキャッチアップの完了
- 大企業を上回る技術料を持つ優良中小企業層の成立
- 需要の変動・変質を前提とした企業戦略の必要性
- 国内完結型から東アジアを範囲とした分業構造へ
全体として、日本の国内の既存の機械工業は、周辺地域・既存工業集積地域それぞれでの拡大する地域と衰退する地域の2極分化という過程を経過することになる。このような痛みを伴いながらも、東アジアの工業発展がそれなりに順調に推移すれば、東アジア機械工業の生産機能の重要な一翼を担うものとなる。〔中略〕ただし、日本国内の特定地域の視点から見れば、この過程は、地域社会の崩壊をも意味しかねない、過激な再編成過程ともいえる。
1980年代半ばまで維持され深化されてきた国内完結型の生産構造が、1990年代に入り大きく崩れ、上記のような東アジアを範囲とした分業の中で棲み分け存立する存在に、日本国内立地の機械工業はなる。〔中略〕これまでは日本国内を最大限の範囲として機械工業の再生産を考えることが、現実的に妥当であったが、今後は無意味となった。
p. 312-313
若干のコメント
渡辺による日本の機械工業の歴史記述は、極めて妥当性が高いと思われる。日本の中小工業の歴史を語るうえでは絶対に外せない研究である。
本書の歴史記述は、山田盛太郎の『日本資本主義分析』(岩波書店、1934年)の歴史記述と構造が似ている。もちろん、本書は戦後の高度成長とその後を論じており、山田の『分析』は明治維新に始まる軍事的キャッチアップの過程とその後を論じているから、時代はまるで異なっているのだが、不思議なことに歴史記述の構造はよく似ている。
山田の『分析』は、明治維新を出発点として日本産業革命が進行し、明治30年頃から40年頃にかけて日本資本主義の独特な「型制」(構造)が完成するものの、それは研究の時点ですでに解体しつつある、と論じる。一方、渡辺の『構造』は、戦後の高度成長を通して日本機械工業のキャッチアップが進行し、1980年代には日本独自の「社会的分業構造」が完成するものの、それは研究の時点ですでに解体しつつある、と論じる。また、『構造』が経済面のキャッチアップに着目することは、『分析』が軍事面のキャッチアップに着目することと好対照をなしてる。
なんなら、イエスタ・エスピン=アンデルセンの『福祉資本主義の三つの世界』(ミネルヴァ書房、2001年)の歴史記述も、これらとよく似た構造を持っている。特定の歴史的プロセスを経て特定の構造(あるいは「均衡」)が成立し、その均衡はやがて環境の変化により解体される、という歴史記述の型は、普遍的に有効な型なのだと思われる。