関満博『日本の中小企業』(中央公論新社、2017年)

★★★ かなり専門的(研究者や学生が対象)

本稿では、関満博『日本の中小企業:少子高齢化時代の企業・経営・承継』(中央公論新社、2017年)をレビューする。

目次

本書の概要

本書は、豊富なケースを中心に置き、序論的機能をもつ第1章と結論的機能をもつ終章でサンドイッチした構造になっている。

ケースでは、1990年頃以降に新規創業あるいは事業承継を果たした中小企業が紹介されている。成功事例だけがとりあげられており、倒産に至るような事例はない。取材自体は2014年から2017年に行われているようである(p. iv)。

新規創業あるいは事業承継に「1990年頃以降」という条件――この条件を著者は明示していないが紹介されるケースはすべてこれを満たしている――がついているのは、1990年頃に開廃業率が逆転したことが念頭にあると思われる。日本は、1980年代以前は開業率が廃業率を上回っていたが、1990年代以降は廃業率が開業率を上回るようになる。新規開業が減少しているなかで「創業」するケースと、廃業が増加しているなかで「承継」するケースに、著者は着目しているようだ。著者は、このようなケースに「お手本」として意義を与えている。

つまり、本書で焦点が当てられるケースはイレギュラー(全体の傾向に逆らう事例)であって、このようなケースを集めて『日本の中小企業』というタイトルをつけることは如何なものかと思わざるを得ない。出版社からの提案があったのかもしれないが。

本書の主張

記述的な主張

著者は、1985年(プラザ合意)から1992年(バブル崩壊)の「喧噪の7年」を境にして、中小企業を取り巻く状況は一変したと主張する。

まえがきでは、次のような経営者の語りが紹介される。「私たちの時代はよかった。人よりがんばり、身体に汗すれば成功できた。だが、今はそうはいかない。身体に汗するばかりでなく、脳味噌に汗をかく必要がある。次の世代は大変だ」(p. iii)。これを語ったのは、1940年代生まれの経営者である。この語りに、本書の記述的な主張が集約されている。

1980年代までは、人より頑張れば稼げた時代であった。これを著者は「一元一次方程式の時代」と呼んでいる。この時代には、身体にどれほど汗を流すかという方程式が所与として存在し、汗の量が稼ぎに直結していた。これに対して、1990年代以降は「多元連立方程式の時代」と呼ばれる。何が稼ぎを左右するパラメーターなのかが自明ではなく、経営者はそれを自ら探し出さないといけない、というわけである。

また、もう一つ、重要な変化が起きた。

それは経営者のメンタリティである。

一九八五年までの現場では、中小企業のまだ若い経営者たちが、顔を真っ赤にして「未来」を語ってくれたものであった。だが、プラザ合意の一九八五年から九二年のバブル経済崩壊までの「喧噪の七年」とも言うべき時期を過ぎると、現在にいたるまで「未来」を語る経営者に出会うことは、ほとんどなくなっていった。

p. 198

1990年頃を境にして、中小企業の状況は一変した。身体に汗をかけば稼げた時代から、脳味噌に汗をかかなければ稼げない時代へ。そして、将来への希望にあふれた現場から、閉塞感に沈んだ現場へ。この変化は、日本経済の構造転換と重なっている。

この記述的主張について、私は著者と合意する。

規範的な主張

著者は、規範的な主張も展開する。

その規範性は、あとがきにもっともよく表れている。

中小企業は、経済社会を切り拓き、課題に向かっていく担い手であり、社会のエンジンというべき存在であろう。人びとを幸せにする財やサービスを生み出し、雇用の場を広げ、暮らしを支える担い手なのだ。そのような中小企業が各所に大量に生まれ、さらに円滑に事業が承継され、切磋琢磨することにより、経済社会が豊かになることが期待される。起業が停滞し、事業承継が難しくなっている現在、改めて中小企業の意義が問われているのである。

p. 214

この規範的な世界観があるからこそ、本書では「起業」と「事業承継」の成功事例が、中小企業のお手本として紹介されている。

しかし、「経済社会を切り拓き、課題に向かっていく担い手であり、社会のエンジンというべき存在」や「人びとを幸せにする財やサービスを生み出し、雇用の場を広げ、暮らしを支える担い手」という規定は、中小企業だけでなく大企業にも当てはまるのではないか。ここに規定されるような役割を中小企業が果たさなければいけない道理はないのではなかろうか。

中小企業が、ただ経営規模が小さいという理由だけで、このような規範的意義を背負わされることは不当だと私は考える。著者の脳裏には、中小企業を自明的に《善い》ものとする世界観があり、その世界観のなかでものごとを認識しているのではないかと思われる。

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